田中功起さん 

アーティスト

子ども:幼児(インタビュー時:2022年5月)

京都在住

田中:娘は保育園に通ってますが、最近言葉を発するようになってきて。体力もあるので夜、疲れないと寝ないため、ほぼ毎日保育園が終わったら30分くらい公園で遊ばせています。保育園に関しては、東京都などの大都市にあるような待機児童問題とは程遠く、あっさり入園できました。登園者のご家庭には在日コリアンの家族や、中国やフィリピンなどいろんなバックグラウンドの家族が利用しており、多文化共生を目指している地域にある保育園という感じです。かつてこの保育園の前身になった団体との関わりが深い知り合いがいたのもあって、ここに決めました。

 

本間:入園前に親がいろんなものを準備したり、作ることが当たり前の日本社会で育っていない外国出身の親は戸惑うかと思うんですが、どうでしたか?

 

田中:どうなんでしょうね。準備するものはそんなに多くないような。必要だったのはお食事エプロンと、持ち物に名前を書くことぐらいで。いろんなサイズの名前ハンコを買ったり、エプロンはメルカリで買ったりしました。名前ハンコをおむつやおむつ入れのビニール袋に延々と押すんですが、こんなに名前を書くものがあるのかと最初は驚きました。

 

長倉:ビニール袋まで名前がいるんですね…。京都も保育園は点数制なんですか?

 

田中:多分そうだと思います。パートナーも私もアーティストなので、会社などが発行する就労証明書はないのですが、シンプルなワーク・スケジュール表で、問題ありませんでした。

 

長倉:スタジオは別に借りているんですか?

 

田中:スタジオ兼自宅です。ぼくの映像スタジオとパートナーのスタジオと、別々のスペースを自宅内に持っています。京都にあるHAPS(*1) というアーティストを支援する組織を経由して探してもらいました。もともと2棟をくっつけたような作りで、家とスタジオを完全に分けることができて、子どもが入ってくることはいまのところないです。娘は、最近、引き戸を開けられるようになったので、今後は入ってくるかもしれませんが…。僕もパートナーも子どもが保育園に行っている時と、寝た後に制作する時間があります。最近はちょっと遅くなりましたが、夜9時半くらいから朝7時くらいまでぐっすり寝ています。寝つきがとてもいいので助かってますね。朝は僕の担当で、隣で寝ている娘に起こされて、一緒に下の階に降りて朝の準備をします。最近は離乳食も終わって、もりもり食べています。食べるのがとても好きなので、それも楽です。でもなかなか自転車に乗ってくれなくて、朝、服を着せるのも、自転車の椅子に乗せるのも一苦労です。お風呂はどちらか一人が入れて、乾かすのをもう一人がやっています。

 

長倉:これまで他のアーティストさんにも話を伺ってきましたが、子どもの性格によっても育児の仕方は全然違ってきますね。

 

田中:そうですね、娘は自分でやりたい派なので、僕がシャワーを浴びていると、自分も真似してやってくれます。そういう点では楽ですね。

 

本間:平日はお二人は家で制作しているんですか?土日はどうしていますか?

 

 

田中:土曜日も保育園に預けています。最初は保育園が受け入れてくれるかどうかよくわかってなかったんですが、保育士さんが働けるシフトの中で調整しているようですね。日曜日はできるかぎりイベントを作って、ちょっと大きめの遠くの公園に行ったり、シングル・ファーザーの友人がいるのでその友だちと遊びに行ったり、そんな感じで過ごしてます。やっぱり、家でだらだらしているだけで身体を動かしてないと、なかなか夜に寝てくれないので。ただ、平日は夜一緒に遊んで、日曜日もめいっぱい遊んで、それで空いた時間に仕事をするのは大変で、なかなか疲れてます。僕はいま47歳ですが、改めて体力をつける時なのかなと感じています。平日は少し昼寝をしないともたない。

 

滝:子育てをしているアーティストとして、今一番大変なことはどんなことですか?

 

田中:スケジュール管理ですね。午前中、保育園に送ったあとが僕も一番元気なので、そのあとメール作業や原稿書き、映像編集などをして、夜にミーティングを入れるようにしています。ゲンロンで制作と育児の話(*2) を書いているんですが、以前は原稿などは締め切りの1週間前には提出していたんですが、最近は締め切りの日にやっと書き始めることも多くなってしまって・・。優先順位を決めてもなかなかそうはいかない。

 

坂本:パートナーと育児をシェアするためには、お互いが今までの働き方を変えなくてはいけないですよね。多くの日本の家庭では、特に会社勤務の男性は働き方に融通がきかないことも多く、周りを見ても結局女性が時短勤務にするなど働き方を変える事が多いかと思います。アーティストというお仕事はフレキシブルに働き易いとは思いますが、このような働き方の変化についてはどう対処していますか?

 

田中:コロナ禍になった時期と子育ての時期が重なっていたので、そもそもコロナによって変化が必要になったのか、子育てでそうなったのか、わからない部分もあります。コロナ禍によって、もちろん海外に行けなくなったり、出演者が多数いるような映像が作れなくなり、ソウルでの新作制作がキャンセルになったり。パートナーも僕もコロナと産後ストレスでぼろぼろになって、もうアーティストやめようかなって考えたりも。美大の先生職などいままで断らなければよかったのかなとか、いろいろと煮詰まってました。

でも、今年は、ベルリンのHKW(*3) の仕事があって、人新世をめぐるイベントをワークショップ化するような企画を行うことになりました。HKWのチームから与えられたテーマやリソースをもとに、何ができるかをディスカッションしてます。ぼくのアイデアを元に制作をするのではなく、状況設定をデザインするような仕事で新鮮です。イベントに合わせて現地に行かなければなりませんし、いわゆるアーティストの仕事とは少し違うかもしれませんが、週一でオンライン・ミーティングをしながら進めていけるので、このやり方なら子育て中でもできるかもと思っています。

「子育てするアーティストを排除しないために」の日本語訳に関わっているということもHKWへ伝え、僕が現地へ行っている間の、パートナーのワンオペをサポートするようなシッター費などを交渉してみたら、アーティスト・フィーに上乗せするかたちで工面してくれました。他にも、オンライン・ミーティングの数も多いので、ミーティング費みたいなものは出ないかと提案したらそれも受け入れてくれて。これは非常に珍しいケースだと思いますけどね。

 

長倉:ドイツや日本の美術館や施設で仕事をされていると思いますが、海外と日本ではどんな違いがありますか?

 

田中:実は、子育てが始まってから、まだ日本の美術館とは仕事をしていなくてまだわかりません。東京国立近代美術館に収蔵されている自作映像に手話をつけるというプロジェクトがありましたが、コロナ禍と育児の両方の理由から、完全リモートで行いました。国内では、自分が中堅になってしまったのもあって、完全に無風状態です。何も仕事がありません。海外での仕事はちょっとありますが、それも減ってます。マーケットの動きもない。絵画やNFTにマーケットが集中し、僕のようなタイプが売れなくなってしまったのもあります。中国のビタミン・クリエイティブ・スペースが映像やインスタレーション、インストラクションの作品を売ってくれてましたが、いまはそれも完全にストップしてます。

仕事を増やすために、トークでもなんでもやりますといろんな人に連絡してましたが、そうした仕事でなんとかしのいでます。

 

坂本:田中さんは、2022年2月の美術手帖のケア特集の対談で「マスキュリンなアーティストでなく、社会的有用性がみえる都合のいいようなタイプでもないアーティストのあり方とは何か」と話されていました。従来の「成功」のあり方は、資本主義的で生産性が第一に求められるため、子育てなどのケア労働はネガティブなものとして語られがちです。トレイシー・エミンが「母親であることと同時にアーティストであることは妥協の産物だ」(*4) と主張したような価値観は、競争が激しいアートの世界で現在も根強いのではと思います。しかし、日常の問題と向き合いながらその中でアーティストができることをラディカルに試みている人たちも身近にはたくさんいます。子育てをしながらアーティストとして生きる上で、アーティストの多様な成功のあり方についてどう考えますか?

 

田中:コロナ禍前までは、ひとつの展覧会の予算の中でインスタレーション・バージョンと映画バージョンの二種類の映像を制作し、展示と映画祭の両方に出すという方法論を試してました。年にひとつの作品を作りながら、あと10年くらいはつづけたいと思っていたんですが、コロナによって中断しなければならなくなった。もともと家族の生活を考えると海外を移動しながらの制作スタイルは変えなきゃと思って、あまり移動しないで日本の問題を扱いつつ10年と思っていたんですね。そして子どもができたので、育児を考えるとより移動が難しくなってきてます。

アネマリー・モルの『ケアのロジック』という本では、選択のロジックとケアのロジックを対比させて書いています。選択のロジックは自律的な個をベースにしています。例えば病院で手術するとき、医師からはさまざまなリスクが説明され、それを承知でその手術を自分が選択する。つまり治療は自己責任として解釈されます。一方で、ケアのロジックは相互依存の集団的な治療をベースにしてます。例えば糖尿病は完治しないので、その病と生きる患者の状況に合わせて家族やケア・ワーカーと共に治療を微調整しつづける必要がある。この微調整の連続という方法がいまの僕にはしっくりきます。僕の場合は医療ではなく制作についてですが、子どもの成長に合わせた生活の変化をベースに考えないといけないので、制作スタイルの手直しをつづけることが必要です。これをネガティブに捉えるのではなく、その「手直し」がこれからの自分の制作論にならないかな、と最近は思えるようになりました。

今までは自分の興味から制作が始まっていましたが、今はこの生活状況の中だからこそできることは何かについて考えています。ゲンロンの連載では、どうやって子育てと芸術が繋がっていくのかについて模索しながら書いています。

生活を起点とした制作のやり方があたり前になっていけばいいですね。そこから特徴的なものが生まれるかもしれない。そういうものが今後のビエンナーレやマーケットの中で求められることもあるかもしれません。いずれにしても、今までとは違う仕事のスタイルが受け入れられていくといいですよね。

 

長倉:アーティストは仕事のスタイルを自分で作っていくことが可能だというお話でしたが、様々なキャリアを持つアーティストの中には、生活のために学校や組織など属する先の要望に合わせた形で働かなくてはならない人もいるので、自分の活動がお金と直接結びつくスタイルを生み出すのがなかなか難しい人も多いかもしれません。特に「父親は、アーティストだろうがお金を稼がなくてはいけないというプレッシャーがある」と私のパートナーも言っていますが、そういうプレッシャーはありますか?

 

田中:いずれかが稼げればいい、と僕は思っています。いままでは僕もパートナーもほとんど副業を持たずに制作だけで生活が成り立ってましたが、コロナ禍で僕の仕事が減ったとき、彼女からなんでもいいから働いてほしいと言われました。子どもがいることで、収入があまりないことが不安だったんだと思います。ところが、同じころ、今度は彼女の作品が売れ始めて収入が増えました。結果的に彼女の収入で生活をすることができた。ただ、育児の時間によって制作の時間が集中して持てないので、彼女の方が制作するのが難しいという状況は続いています。

長倉:子どもが生まれてから新作は作りましたか?

 

田中:2020年は作れなかったんですが、2021年は2つ作っています。1つ目はリハビリみたいな作品で、iPhoneで撮ったこれまでの映像を寄せ集めてきて、自分の文章をコンピュータに朗読させる形で作ったエッセイ・フィルムです。2つ目は、アートの労働環境とブラジル日系移民による絵画史を扱ったもので、吉澤弥生さん(*5) 、都留ドゥヴォー恵美里さん(*6) それぞれにファシリテーターになってもらいワークショップの一日を撮影する映像作品を作りました。この後、新作を作れるかどうか分からないですが、ゲンロンの連載は、ぼくにとっては作品みたいなものなので、最終的には本になったらいいなと思っています。

 

坂本:ゲンロンの最新回を読んだのですが、戦時下で子どもを守ることとナショナリズムについて、父の視点から語られる文章を今まであまり読んだことがなかったなと思い、とても新鮮でした。

 

田中:子どもが生まれたばかりの時に悩んでいた時期、子育ての先輩である友人に「田中さんの中の母性を探すべき」と言われたことがあります。関係ないことかもしれないですが、僕の娘がパパと言うかママと言うか迷う時があるんです。僕をママって呼んだり、呼ぶ時にめんどくさくなって、パマとかマパとか混ざって呼ぶこともあります。単に言葉がまだ分けられていないだけかもしれないけど、母と父がどちらも日常的なお世話を彼女にしているからかもしれません。

父性が「子どもとの距離を置いて教えようとする」役割なのだとしたら、僕は常に妻と役割を交代しながらやっている感じなので、自分の中の母性、父性は簡単に分けられるものではないのかもしれません。

 

長倉:そもそも、「母性」や「父性」って言葉は何となく理解していましたけど、じゃあ具体的に説明するとなんだっけ?って思っちゃいました。

 

田中:日本はいまでも家父長制社会ですよね。子育てについてのさまざまなものが母親中心に作られてます。例えば授乳アプリも。男性だとそもそもアカウントが作れない。そんなところにも、子育てを女性に押しつけている社会が現れている。それと、アプリにはミルクで授乳する場合の時間も書き込めるようにはなってますが、日本は母乳至上主義なので母乳ベースでデザインされている。

 

長倉:生計の有無にかかわらず、アーティスト活動をしながら子育てをしている場合、両立は可能だと思いますか?

 

田中:フレキシブルに仕事の時間を調整できるのならば、両立は可能だと思います。京都市の子育て担当課の人が、僕らが困っていることに対していろんなアドバイスをしてくれました。例えばコープがやってる「助け合いの会」というものがあって、登録している近所の人が家に来て食事を作ってくれたりします。2時間かけて7〜8品目くらい作ってくれます。年間登録料500円で、半分ボランティアみたいなかんじで1時間1000円でやってくれます。これはとても助かってます。そうやって少しでも仕事に回せる時間を作る。展覧会するにしても、制作するにしても、ちょっとした理解とサポートさえあればなんとかできるかもしれません。そうなったらいいなと思います。美術館に保育士がいる日とか、あるといいですよね。僕も何回かトライして子どもを連れていくんですが、子連れだと全然作品解説を読んでいる時間がない。

 

坂本:レジデンスでも家族同伴ができるところが増えるといいですよね。

 

長倉:日本では、美術館も含め公共の場において、子どもがいないことを前提とするところが多い気がします。

 

田中:子連れで出かけるとなると、ショッピングモールが最高すぎて、結局そういう施設ばかりに行ってしまうんですよね。

最近、自分の子どもにもわかる作品を作りたいと思い始めてます。娘に作品を見せると、昔作っていた日用品を使ったパフォーマティブな作品は見つづけてくれるんですよね。社会問題系のプロジェクトも、ゆくゆくはわかってくれるとは思うけど、まだ早いので。

 

長倉:子育てが、ご自身のクリエイティビティに影響を与えているのでしょうか。

 

田中:そうですね。娘がおもちゃで遊びながらインスタレーション的なものを作ったりするんですが、そういうものを記録していて、なかなかおもしろい。いずれ作品のきっかけになるかもしれません。あと、娘が大人になったときの社会はどうなっていたらいいかなあ、なんてことも想像したりします。そのためにいま何をすべきかって考えたり。僕も翻訳に関わった「子育てするアーティストを排除しないために」のガイドラインが実現しているような社会になってほしいですね。

電車やバスなどの公共交通機関で、ベビーカーで乗ることは可能ですし、専用の場所もありますが、やはり肩身が狭い時はありますよね。子育ては親の責任と、親にだけ押しつける風潮がある気がします。社会がもっと、「みんなで一緒に子どもを育てる」というような考え方になったら安心できるなぁと思いますね。

*1 HAPS 東山アーティツ・プレイスメント・サービス http://haps-kyoto.com/

 

*2 webゲンロン 日付のあるノート、もしくは日記のようなもの 

https://www.genron-alpha.com/author/koki_t/

 

*3 HKW Where is the planetary?

https://www.anthropocene-curriculum.org/project/evidence-experiment/where-is-the-planetary/

 

*4 Tracey Emin: 'There are good artists that have children. They are called men'

https://www.independent.co.uk/news/people/tracey-emin-there-are-good-artists-that-have-children-they-are-called-men-9771053.html

 

*5 吉澤弥生

https://www.nettam.jp/course/employment-working-environment/1/?utm_source=internal&utm_medium=website&utm_campaign=author

 

*6 都留ドゥヴォー恵美里 http://www.sangensha.co.jp/allbooks/index/424.htm

田中功起 TANAKA Koki Website https://www.kktnk.com/