山本麻世さん 

現代美術家(屋外展示、インスタレーションなど)

子ども:幼児(インタビュー時:2022年2月)

東京在住


山本:日本での学部時代は工芸科で陶芸を学びました。卒業後、オランダの大学院でApplied art科に入り、スタジオがオフィスのような環境だったため素材によっては制作しづらかったんです。なので、次第に屋外で制作を開始するようになりました。大学院卒業後はレジデンスに参加する機会が増えましたが、ここでも陶芸の素材を使うのが難しく、様々な工夫が必要でした。今振り返ると、当時は「風景を粘土板に見立ててこねる」というようなコンセプトで制作しており、陶芸の手捻りに近いリリアン編みの手法を使った作品などがあります。

 

普段制作している時は、子どもは保育園に預けています。1歳のときに申請した13園の保育園には全て落ちてしまいました。当時練馬区には1歳児・3歳児1年保育という制度があり、希望する保育園に入れるまで数ヶ月だけ仮の保育園に滞在します。そこの保育園は遠くて自転車で登園していました。その当時は制作はせずに、バイトをしながら生活していました。保育園の申請はとても大変です。手書き書類が多く、毎年同じことを書かなければいけないので、今後デジタル化などがより進めばいいのですが。また、フリーランスの立場の就労証の書類作成にはとても苦労しました。私の勤務時間の実情は週末等関係なく、常に働いているのですが、書類提出のために週40時間働いているスケジュール表を作成して提出しました。現在は新しい保育園に通っています。歩いていける距離の、より自然派の保育園に転園しました。そこでは私のアーティストとしての仕事を理解してくれる人も多く、母娘共によりハッピーに過ごしています。

「釜なめ蛇」蔵と現代美術 本丸御殿庭(川越・埼玉)展示を親子で観に行ったとき。(2017年)
「釜なめ蛇」蔵と現代美術 本丸御殿庭(川越・埼玉)展示を親子で観に行ったとき。(2017年)

ーレジデンスでの滞在制作について

子どもを産んでからも、アーティストインレジデンスを利用して制作しています。最近関わったレジデンスは私の家庭状況をよく知っているコーディネーターの方だったので、滞在期間を短くしてもらったり、都内での制作がある時期や、子どもの滞在先への訪問、また保育園の行事のある時期は避けることなど、非常に柔軟に対応してくださいました。今回は2週間有田に滞在していて、一旦保育園の用事で東京の自宅へ帰り、またレジデンス先に戻る予定です。実はこのレジデンスはオランダ関連の事業ということもあり、このような育児や母親アーティストに理解のある受け入れは、オランダの文化の影響もあるのかもしれません。コーディネーターの方々は、私が一人で滞在制作している時も母親が子どもを家に置いていくことに対しても「子どもが5歳なら問題ないよね」という感じで、とてもオープンです。

レジデンスをする際は子どもの予定を考慮しながら、前もって予定を調整しています。今年は展示もあるので、1年間の予定を逆算してレジデンスの時期を決めました。娘は今年小学生になります。「小1の壁」という言葉があるように、入学後は私が娘のそばにいた方がいいと思ったので、保育園の卒園の期間にレジデンスをしたいと思っていました。今回は発表ありきではなく、陶芸の技法などを試せればいいと思っていて、そのための制作期間を調整してもらいました。

 

外国ではアーティストのためのプロセス重視のレジデンスプログラムが多いですよね。以前韓国で行ったレジデンスはプロセスを非常に重視するものだったので、日本の成果物を前提とした町おこしのようなレジデンスのあり方にはショックを受けたこともありますが、次第にこれはある意味別物なのだと考えるようになりました。また、去年ナミイタというところで「通いレジデンス」というのをやってみました。すでにレジデンスのフォーマットが決まっているところでは出来ませんが、受け入れ側が柔軟に調整してくれるようなスペースだと、工夫次第でなんでもできるのだな、と感じます。また、レジデンスやイベントの受け入れ体制についてアーティスト側が評価していくことも大切だと思います。

長倉:子どもが何歳くらいからレジデンスに行けるようになりましたか?

山本:去年5歳になり、徐々に娘が1人で時間を過ごせるようになってからです。やはり娘に対して罪悪感は少しありますが、他の女性作家にも私のような作家がいるんだと思って欲しいです。オランダにいた時に出会った大学の先生には子どもがいる方も多く、子どもを大学に連れて来ている風景を見ていました。生徒も子どもがいる人が多くて、アーティストが出産することは特別なことではないと当時は感じていました。なので日本に帰ってきて、実際に出産した後に様々な生きづらさを感じた時はとても戸惑いました。子どもが生まれる前までは色々なところへ移動していたのですが、出産後はしばらく近所のギャラリーにしかいくことができなくなったので、子どもが5歳になるまでは東京を拠点に活動すると決めました。これは美術とは関係ないですが、家事の負担を減らすために自動調理器などの家電をたくさん購入しました。環境には良くないですが、制作時間を確保するためです。これまでの自分が24時間何をしているのかを徹底的に見直し、子どもが生まれてからは完全に制作活動を朝型生活に変えました。4歳を過ぎると夜中に起きなくなるので、私は今は5時半に起きて7時か7時半に子どもが起きて来るまでに全ての仕事をこなしています。夜は子どもと一緒に寝てしまいます。

長倉:自分のために集中して使える時間って大切ですよね。

山本:そう、そのための家電なんです!5時に保育園のお迎えなのであっという間です。今はギャラリー勤務や他にも色々な仕事をしていますが、最近は減らし、大体週2日勤務です。夫や近くに暮らす両親にも頼っています。夫は美大出身なので、美術の話ができるので助かっています。

保育園だけに子どものケアを頼るのは難しく、いろいろな依存先を作っています。コロナ禍で公園にいく機会が増えたことで近所の人と知り合いになったことで、小学校に上がったときの安心感ができました。私が近所の子を預かったりもしたこともあります。

山本さんの作品を手伝うお子さん。「colostrum(初乳)」Art Seeds Hirado 2021  ―平戸×オランダ 海を越えた芸術祭―アーティストインレジデンス(平戸・長崎)(2021年)
山本さんの作品を手伝うお子さん。「colostrum(初乳)」Art Seeds Hirado 2021 ―平戸×オランダ 海を越えた芸術祭―アーティストインレジデンス(平戸・長崎)(2021年)

坂本: 子どもが生まれてから屋内での制作が増えたそうですが、作品のテーマで変わったことはありますか?


山本:体に関するテーマが増えました。出産直後になかなか母乳が出なかったので、母乳への憧れがあり、それらを隠れキリシタンの祈りと重ねたような作品や、へその緒をモチーフにした作品もあります。今有田では磁器を使って制作しています。朝鮮半島から来た人々が磁器を伝えた歴史があるのですが、その中の1人の女性に焦点を当てています。陶芸の世界も男性社会なんですが、有田では古くから女性の作り手がいて、女性だけが担う工程がありました。今回はその工程のみを使って制作します。

長倉: ある意味マッチョな彫刻という世界で活動される中で、ご自身の出産について周囲から何か嫌なことを言われたことなどはありましたか?

山本:ある老舗のギャラリーで「子ども産んだらもう感性が終わりだよね」というようなことを言われたことがあり、今でも思い出すと腹が立ちます。ギャラリーによっても、伝統的な美術を扱うところとコンテンポラリーなところではものの考え方の違いは大きいと思います。私自身の作品はマッチョなものとは真逆で、軽い、柔らかい素材を使って、家でちまちま制作したものを圧縮パックで現地に送って、現地にある物を包むような作品を作っています。

オランダに留学していた時、自分の担当の先生はフェミニストでしたので、フェミニズムの話は授業で触れる機会が多かったことも影響しているかもしれません。私はもともと大陸の一神教と島国のアニミズムの違い、硬いものと柔らかいものの違い、変化していく形などに興味がありました。もしかしたらそういう思想自体がフェミニズム的なものだったのかもしれません。私は自分の子どもが娘だということもあり、次の世代にジェンダー差別を残したくないという思いもあります。

最近は、練馬区立美術館の運営委員に入って活動をしています。私はお母さんアーティストとして声をかけてもらいました。今、美術館に託児所を作ってほしい、レジデンスを作ってほしいと要望しています。託児所は子どものためでもありますが、お母さんのためでもあるんですよね。美術館に子どもを連れていけないという現状を変えたいです。とにかく、子育て中の当事者の声を伝えていくことが大切だと思っています。 

「イエティのまつ毛」ナミイタ(鶴川・神奈川)での展示現場にお子さんが遊びに来たとき。(2021年)
「イエティのまつ毛」ナミイタ(鶴川・神奈川)での展示現場にお子さんが遊びに来たとき。(2021年)

山本麻世 YAMAMOTO Asayo Instagram https://instagram.com/asayoyamamoto