Catherine Harrington(キャサリン・ハリントン)さん 

キュレーター・アーティスト・エデュケーター

子ども:幼児2人(インタビュー時:2022年3月)

埼玉在住

 

 

ハリントン:2013年から日本に住んでいて、日本で妊娠出産をしました。日本に来る前は、アーティストとしてパフォーマンスやバンドの活動をしていて、アーティストの為にパーティーやオープニングのオーガナイズなど、色々な活動をしていました。日本に来てからはアート活動に加えてキュレーションもするようになり、様々なプロジェクトに参加し、また大学で教員もしています。

 イギリスのブレグジットに関する大きなプロジェクトを2017年から開始し、同時期に第1子の妊娠がわかりました。当時は大変でしたが、出産後は大きなプロジェクトができる機会がなくなると思って、精力的に取り組みました。当時同じく妊娠中のキュレーターと企画したこのプロジェクトは、2020年に国内外の15施設をめぐり、展覧会などの形で発表されました。

 

ー子どもがいることを積極的に発信していますか?もしくは、する必要があると思いますか?

 

ハリントン:仕事を獲得するために隠さなければならない場合もあるんですね。私は子どもがいる同僚とは、共感を持って協力し、仕事しています。

 プロジェクトの運営と同時にフルタイムで某芸術大学で教員もやっているのですが、カリキュラム制作や生徒の指導に時間がかかります。産休や育休が取れるのかどうかもわからなかったので、とてもストレスフルでした。でも、ダイバーシティ推進室のスタッフとの交流を通して、大学で一定期間働いた経験があると、1年の育休が取れるということもわかりました。

 

長倉:育休中に何か特別なプロジェクトや仕事などしましたか?

 

ハリントン:ブレグジットのプロジェクトをすごくやりたかったこともあって、妊娠中は不思議とエネルギーも湧いてきました。毎日スケッチをしたり、写真や映像を撮ったりして。イメージが泡のように湧いてきたんです。

 最初の子どもを妊娠していた時は、一体この先どうなるのか、検討もつかなかったし、このエネルギーがどこにいくかもわからなかったんです。出産後は、子どもに全ての力や愛を注がないといけなかったので、自分を失ったようで…、アーティストも辞めないといけないと思うほどでした。ホルモンのせいなのか経験のせいなのか、性格も変わったように思います。でも半年くらい経って、幾つかのかけらをゆっくり繋ぎ合わせ始めました。社会やアートの世界へどう戻ったらいいのか困っていた時に、友人でアーティストの赤尾木織音さんが送ってくれたCultural Reproducersのパンフレット(Zine)が、私にとってのライフラインでになりました。親であることと、アートや文化に携わる仕事のバランスをとるための工夫がちりばめられているメディアだったんです。私自身の経験として、特に授乳を通して子どもと自分が一体になっていたように感じていたんですね。なので、自分自身がまず、何をどうやって表現したいのかを考えました。

 そのためには、どうやって自分の欲望を日本で表現するのかを探さなければなりませんでした。日本でのコミュニティー作りも必要だったので、育休中にCultural ReProducersに連絡をとって、それからカルチュラル・リプロデューサーズ・ネットワーク TOKYOを始動することになったんです。当初はインタビューや展示のアイディアがありましたが、子どもが生まれると、それらのプロジェクトを実行する工程が途切れてしまいます。ですから、子育て中のアーティストにインタビューをしたオンライン記事を書き、投稿することにしました。

埼玉県立近代美術館で、重村三雄の彫刻の隣に座るキャサリン・ハリントンと子どもたち。子どもたちは、お気に入りの動物のデジタルマスクを着用しています。(作品:重村三雄、「Stairway」、1989年)
埼玉県立近代美術館で、重村三雄の彫刻の隣に座るキャサリン・ハリントンと子どもたち。子どもたちは、お気に入りの動物のデジタルマスクを着用しています。(作品:重村三雄、「Stairway」、1989年)

ー子育てをしているアーティストとして、今一番大変なことは何ですか?

 

ハリントン:制作の時間をとることと毎日のスケジュール管理だと思います。子どもが生まれる前は、仕事が終わるまで、いつまででも続けることができました。でも、子どもが産まれた後は、断片的な2,3時間をいかに効率的に使うか考えます。私にとって、もしかしたら制作するより思考する時間、人に連絡する時間の方が重要かもしれません。ただ、いろいろ準備して臨んだ撮影も、子どもの状況で変更が余儀なくされることが日常です。

 

坂本:保育はどのようにやっていましたか?断片的な時間というのは、具体的にいうとどんな状況ですか?

 

ハリントン:フルタイムで働いているので、仕事の時間はありますが、たくさんやることがあるので、自分の為に使える時間は夜になります。パートナーは多くのことをやってくれますが、週末は家族と一緒に過ごす時間で、パートナーと子どもとの関係をメンテナンスする時間でもあります。平日の仕事がうまくいって、何かする時間を見つけられたらラッキーですね。これがフルタイムとして働く者として大変なところです。アートエデュケーターも自分の重要な活動なんです。ただ、生徒をケアするのも必要ですが、自分の活動も考えないといけません。

 

坂本:充足できる職業につけるのは、アーティストとしては珍しいことかもしれませんね。アートの仕事だけでなく大学での仕事も含め、すべての仕事がつながっていて、あなたのキャリアになっている。

 

本間:フルタイムで働いている理由は何ですか?日本だと注目されているアーティストでもアーティストフィーが十分ではないこと、フェミニストとして経済的自立を保つため、などの理由があるのでしょうか。

 

ハリントン:私はカルチュラルワーカーですが、アーティストとしての実績は断片的なもので、優先的なものは教育業です。私のパートナーも教育者・研究者ですが、平等な関係を保つのが2人の重要な倫理となっていて、勤務時間や子育ての時間などを同じにしています。

埼玉県立近代美術館でコレクション 第3期の展覧会を訪れるキャサリン・ハリントンと子どもたち。 (作品:バレエ・メカニックの映像)。
埼玉県立近代美術館でコレクション 第3期の展覧会を訪れるキャサリン・ハリントンと子どもたち。 (作品:バレエ・メカニックの映像)。

ー子育てをしながら、制作活動に時間を使うことに、後ろめたさや罪悪感を抱くことはありますか?また、それらをどのように乗り越えていますか?

 

ハリントン:私は子どもとずっと一緒にいられるタイプなので、保育園に子どもを預けるのは毎日辛さを感じるんですが、自分と子どもを分けないとメールも書けません。ただ、やることがあってもできるだけ子どもとの時間を作ろうとしています。勉強を家ですることもあります。英語を教えたり、フォニックス(音声学習法)をしたり、歌を歌ったりしています。

 

私はプロとして人生を捧げているアーティストやキュレーターを尊敬していますし、若いア ーティストを応援したいとも思います。私がアートに還元できることがあるという想いもあります。でも、私はキャリアによって子どもや愛する人との時間を犠牲にしているとも感じます。パートナーとも、その思いを共有しています。保育園で子どもと別れることの辛さを話し合ったこともあります。

 

アート界では、仕事やキャリアのプレッシャーを気にしてはいけないような雰囲気がありますが、子どもが生まれるまで私たち夫婦はキャリアを形成するために走ってきたような人たちでした。でも、子どもができて、私の活動は断片的でゆっくりなペースになりました。

 

坂本:私も同じようなことを感じます。そのプレッシャーは、社会が作っていることでもありますよね。常に働き続けないといけないのは健康的ではないですし、いろんな働き方があるべきです。私はスコットランドに来てから、色々な背景の人々がいて、多様な働き方があることを知り随分気が楽になりました。東京にいたときは、プロフェッショナリズムが一つであるように感じてしまうこともありました。このインタビューを通じて、子育て中の作家の活動方法がより多様に変化するきっかけになればいいと感じます。

 

長倉:母親になって、キュレーターとしての視点は変わりましたか?もしくは、仕事に影響を与えていると思いますか?

 

ハリントン:よりソーシャリーエンゲージドになったと思います。子どもを産む前は、文章を書いたり撮影などの仕事を通して抽象的で哲学的なテーマに興味がありました。子どもが生まれてからは、よりアクティビスト色の強い活動をするようになりました。今、私はこの変化と闘っているのだと思います。自分のポートフォリオにストーリーや一貫性を持たせたいという思いもありますし、以前のようなテーマに興味を持っていた自分を再発見してみたいという思いもあります。

 

坂本:保育園の頃は親のコミットメントも多いですが、小学校が始まると、子どもと親の世界が少しずつ別れていき、自分と子どもの関係性への感じ方が変わるかもしれません。そのときが来たら、以前のテーマに再び取り組めるのかもしれませんね。

Catherine Harrington キャサリン・ハリントン Website https://catherine-harrington.com