工藤春香さん 

アーティスト(インスタレーションなど)、ひととひとメンバー

子ども:幼児(インタビュー時:2021年1月)

東京在住

 


工藤 : 子どもは幼稚園に行かせています。保育園の入園事情に関しては思うところがありますね。日本では保育園に入る条件が保育指数による点数性になっているんですが、一番点数が高いのは、「共働きである」とか、「子育てを助けてくれる祖父母などがそばにいない」などで、「保育ができない環境」にいないと保育園に入れるのは難しいです。東京郊外は子育て世代が多いので保育園に入れるのが難しく、私の場合も親が近所に住んでいるので、やはり保育園に入れるのは難しかったです。以前はフルタイムで週4〜5日働いていましたが、制作に力を入れたかったので仕事をやめました。子どもが産まれてから0〜3歳までは美術講師を週2日しており、仕事中は親に子どもの世話を頼んで、後は家で子育てをしていました。今は中学校の美術の先生をしています。作品は家の中の部屋をスタジオにして制作しています。


長倉:子どもを産んだ後、「危険なマテリアルが使えなくなり、マテリアルや制作スタイルを変えた」という方もいるそうです。工藤さん自身も作品制作の中で、マテリアルやそのスタイルなどで変わったことはありましたか?


工藤 : 全部変わりました。子どもが起きている時は自分のことをやるのが無理なので、早朝に起きる生活にしました。21時頃子どもと一緒に寝て、4時に起きて、夫や子どもが起きる前にがっと制作していました。子どもがまだ赤ちゃんだった頃は本当に制作が難しくて、夜型か早朝型にするしかなくて、夜型だと体調的に難しかったので朝方にしました。また、突然展示や企画の予定を入れるのは難しいので、長期的に計画を立てて展示をしていました。

ベビーサークルに入って絵を描く工藤さんと、周りで遊んでいるお子さん
自宅のアトリエで制作している様子です。よく動く子でベビーサークルでは狭くて可哀想だったので、私がベビーサークルに入って制作していました。アトリエの床にダンボールや緩衝材を敷き詰めて子どもは自由に動いていました。

本間 : あまり余裕のないスケジュールで展覧会に誘われることもあると思いますが、断ったことはありますか?


工藤 : あまり経験はないですが、馬喰町での企画「Art for Field Building in Bakuroyokoyama:馬喰横山を手繰る」ではオンゴーイングな作品を展示してもいいか相談しました。1〜2年単位じゃないと新作をつくるのは難しいし、私はリサーチもするので、なかなか完成させることができません。丸1日制作することが最近は少しできるようになってきましたが、以前はできませんでした。アトリエにいても、子どもが来てしまうので、赤ちゃんサークルをアトリエに作っておもちゃなどを置いて「アトリエ内保育所」を作っていました。

色とりどりのマットの上で大人が見守りながら遊ぶお子さん
個展をしている時も画廊に子どもを連れて行かなくてはいけないこともあったので、ギャラリーの一角に託児スペースを作り、そこで遊ばせたり寝かせたりしていました。ここを作ったことで、同じくらいの子どもを持つ友達が来やすくなったり、誰かが面倒を見てくれたりしてよかったです。

長倉:私もまだ子どもの預け先が見つかっていなくて、まさに工藤さんと同じように、家の仕事場に保育所を作ってる感じです。でも仕事をしていて、泣かれたりすると罪悪感を感じたりするんですが、どうですか?


工藤 : ほったらかしで制作をしていると、泣き叫んでいたり心苦しさをめちゃくちゃ感じるけど、しょうがないので様子をみてやっていました。細切れでやる感じです。集中は全然できないですね。皆が寝ている2時間くらいしか本当に集中できる時間がないです。子どもを見ながらだと全然進まないですよね。特にリサーチをするのが大変で、出産後、なんだか頭が上手く働かず、本を読む集中力が前よりなくなったように感じます。最近は通勤時間とか、カフェにちょっと行った時とか、そういった隙間時間に論文をコピーしたりして読んでいます。意外とよく進むんです。


長倉:長い時間集中することができないし、新しい作品制作をするにも一年や二年など長期間かかってしまう環境、とてもよく分かります。「新作が一年の間にあればあるだけいい」という考え方もある中で、そういった環境が自分のキャリアに響いていると感じますか?

 

工藤 : 子どもが0〜3歳の間は毎日焦ってました。自分だけが置いていかれるような気持ちがあって、逆に制作にしがみついていました。自分のアイデンティティが母親だけになる恐れが強くて、すごく嫌で。今は両方のアイデンティティの意識がありますが、母親がメインになることが怖かったんですね。なので、個展や海外の展覧会もきついけど無理やり入れたりして。大変だけど自分に鞭を打ってやって、過労になっちゃって体を壊すことも多かったです。


坂本 : 私も当時焦っていたことを思い出しました。アーティストの仕事って一般的に経済価値が高いものではないので、それが家庭に貢献してないって考えられてしまうというか......。アーティストの労働が直接的なお金にならない場合、出費がマイナスになってしまうこともあると思うんですが、「制作をやってていいのかな」と思うことってありますか?


工藤 : それはあんまりないんです。たぶん常に別の仕事をしていたからだと思います。生活費を別で稼いでいて…でも1年産休をとった時は、そう感じたこともありましたね。外で対価を得る労働をして、二足の草鞋にすると精神が安定したんです。ただ最近は規模の大きい展覧会に呼ばれることもあるので、今は仕事をやめたいと思っています。その時の状況によっても変わるかもしれません。産休をとっていた1年間が一番精神的に辛かったです。一番子育てをしないといけない時期だけど、精神的に子育てにも向き合えず、時間的にも制作できなかったので。

 

 

絵を見つめるお子さん
個展の時の作品と子ども

 

長倉 : 子育てをしながらだと、予期せぬことってすごく起こるじゃないですか。子どもが急に熱出すとか。仕事を始める時、そういった諸事情を仕事相手に事前に言えますか?私は「子どもを産んだばかりで忙しいけど、やります!」って引き受けたからには、弱音がはけなくなってしまったことがあったんです。


工藤 : 私は言えませんでした。でも、本当はもうちょっと言えた方がよかったんだろうなと思います。なるべく子どものことは言わないようにして、結局なんとかしてました。でも、「ひととひと」* のメンバーには言えています。他のメンバーが子育て中じゃないので、私が言わないと分からないことがあるんです。子どもの風邪が移って2週間くらい使い物にならなかったことがあったんですが、伝えないと仕事の分担ができなかったんですね。寝かしつけの後にミーティングをしてもらったりしました。そういった諸々の事情を理解してもらった上で、活動しています。それができないと長く活動できないだろうと思います。でも、コレクティブメンバー以外の、子育てをされていない人にはまだ言えないです。気を使わせてしまうと悪いかなと思ってしまうんですね。これは自分の心の問題で、言った方がいいんだろうなとは思います。


長倉:確かに「言わないとわからない」のもそうなんですが、言えないという内圧もありますよね。「言ったらどう思われるんだろう」とか考えてしまう。自分の心の強さの問題だけじゃなくて、周りの環境や雰囲気も関わってきているんだろうと思います。

 

本間 : 私はそういう事は言う方ですが、これを言うことで仕事を失うのではないかと違うプレッシャーも感じます。また、コレクティブを始めた当初は私も子育てしていなかったので、当時子育て中だった坂本さんは大変だろうとは思っていたんですが、何が大変なのかはわからなかったんです。「子ども連れてきていいよ」と言ったりしていたんですが、実際に自分が子どもをもってからは、それはハードルが高いことなのだということが分かりました。子育ての何が大変かっていうのは人によっても様々ですし、理解がある人だとしても細かいところまで想像することは難しいのではないかなと思います。

 

工藤:説明しづらいんですよね。子どもの年齢によっても大変さが全然違います。0歳など動かない時は、おっぱいをあげたりおむつを頻繁に変えたりしないといけない。でも、1歳になると、とにかく動き回るから大変です。そして2歳くらいでうるさくなってきて、打ち合わせなんて連れて行ったら大変でした。子育てしてる人だと「何ヶ月だからこうだよね」って分かるけど、それも子どもによっても違いますし。伝えるのが難しいからなかなか言えないというのもあります。うちの子どもはめちゃくちゃ動き回るんですね。日本は本当に窮屈で、いつも子どもと外に出る時は緊張してました。夫と一緒ならいいけど、外出するのにハードルがありました。友達のイベントとか、静かなトークに「まさか子どもを連れて行けない!」と思ってしまったりして、疎外感を感じましたね。ちょうど子どもが1歳くらいの時に、日本とポーランド交流交換展示「Double Line~Drawing show and Workshop 」(2017年、NEON Gallery Wrocław)に出展したことがあります。夫も参加アーティストだったので、家族でポーランドに渡航しました。ただ、夜に開催されるパーティーなどに子どもを連れ歩くわけにもいかず。幸いにも私の母と夫の両親が一緒に来てくれて、子守をしてくれたので行けました。

 

展覧会準備をする作家たちとお子さん
日本とポーランド交流交換展示「Double Line~Drawing show and Workshop 」(2017年、NEON Gallery Wrocław)搬入の様子です。ポーランドの作家達は子どもが赤ちゃんの時から見ているので今も仲良くしています。

 本間:アーティスト同士だと決まった休みがなく逆にやりくりが大変だったりしませんか?2人だけで家事の分担とか難しいなと思っています。私は今インドネシアにいますが、どちらの家族も近くに住んでいないので、お手伝いさんを雇って解決しています。パートナーと子育てや家事の分担の話はしますか?

 

工藤:夫は家事と子育てを自然にできていると思いますが、デザイナーとして生計を立てているので、デザインの納期の時は全然やってくれないですね。子どもが 0 〜 3歳のときは、自分の母や長野から夫の母を呼んで世話してもらったこともあります。どうしてもの時はベビーシッターさんに依頼したりして。周囲の人の助けを借りていました。

 

長倉: 周囲の人の理解が深いんですね。アート活動ってすぐに収益には繋がらないので、自信をもって仕事と言えるには難しい部分もあります。なので、周囲の理解が必要だなと思います。

工藤春香 KUDO Haruka Website https://tatsuy1.wixsite.com/haruka-kudo

*「ひととひと」はアーティストの工藤春香、神谷絢栄、ジン・ヨウル、リサーチャーの高橋ひかりからなるコレクティブ(敬称略)。性犯罪の背景にある社会構造や美術史や美術業界における国内外のジェンダー・ギャップなどについて勉強・研究を行っています。 Website https://ningendearu.wixsite.com/mysite